無料配布とかマジかよ『Wanna be?』

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 ラウシズムの新刊はまさかの無料配布だった。よって、たまたま手にしてしまったラッキーな人も、なんなのかよくわからない人も居たことだろう。


『Vertigo』
「聴く」ことがテーマの一編。ラウシズム日谷が目指す「川口文学」の一端を垣間見ることが出来る。
 主人公の近衛は、性別すら判然としない。そして「大迫」という人物の死がまるで曲のサビのように何度も繰り返される。
 近衛本人には、とくに何も起こらない。ただ、近衛が生きる過程で、誰かに起きた出来事を「聴く」のである。近衛には周囲のさまざまな出来事が蓄積してゆく。『Retold』(Brilliant Failure収録)では、物語を想像し、会話から膨らませてゆくことがテーマだったが、この作品は近衛が出来事(物語)を受け取り、眺めるだけで受動的だ。特に目的もなく日常を過ごしているように見える。
 しかし、周囲に全く無関心というわけでもない。近衛の周辺では事件性の高いことから、なんてこと無い過去まで、さまざまな物語で溢れてゆく。
 アルバイトの同僚・佐藤の子供が行方不明になったり。小学校時代の同級生が金を借りにきたり。秋葉原では高校生が爆破事件を起こしたりといった、いかにもありそうな日常と事件がひたすら並べられてゆく。
 この作品で重要なのは、「書かれていないこと」である。近衛については殆ど書かれない。なんで今の職場で働いているのか、どういう経緯で川口市に住むことになったのか謎のままである。
 逆に川口市については、ウィキペディアの情報が引用されこれでもかと言うほどに畳みかける。しかし、川口市について何も語ってはいないように感じてしまう。ただ単に情報を並べただけでは場所に愛着がもてないことを証明しようとするみたいに。
 近衛について触れないことで、読み手には想像する余地が与えられることになるが、そういう気にさえさせないほど、つまり物語を創造させないほど情報が少ない。
 情報や物語の量のコントロールは、小説として歪(いびつ)で不完全だが、失敗したのではなくあくまで意図的に行っているのだろう。
 断片的な情報や物語を受け取った後の読み手の想像力が試されるのを感じるが、私はおちょくられている気がしてやや不快である。しかし、こういった不快にさせる小説があってもいいとは思う。この小説に私が不満だ、ということは、私自信ははもうちょい情報量が多い作品を書きたいのだろう。

 このテイストで何作か書き続けていけば、ものすごい小説が生まれると信じている。私の個人的な好みなど気にせずにこのまま走り続けてほしい。

 『Sympathy』
 悪魔のスタヴローギンと天使のラズミーヒンの掛け合いが微笑ましい短編。
 時間軸として、前作のあとである。
 炬燵は正義。
 異論はない。

Scarecrow
夢から覚めない夢が描かれる掌編。覚めても覚めても夢というのは確かに怖くはある。しかし、私が今こうしている現状が夢ではないと誰が言い切れるであろうか? 的なことを考えたことがある人ばかりが文学フリマにはいる。
 短いから試し読みにはうってつけの作品。

 冒頭にも書いたように無料配布だったのだが、収録作品の取っつきにくさから狂気の沙汰である。無料であったところで読んでくれる人がいて、なおかつ感想を書いてくれる人がいるであろうか?
 一体何をやりたいどんな小説なのか、知られぬままに放置されやしないかという不安に駆られて遅れはしたがざっくりと感想を書いた(下書きを書いてUP忘れていた)。
 無料配布でゲットした幸運な人はぜひ手に取りページをめくって欲しい。
 
 よくよく見たら、表紙の写真が逆さまだけどなんか意味あるのかな?