「彼は私小説の極北と称されました」
初めて嘉村礒多のことを知ったのは、なんてことないローカル番組だった。
確か10年くらい前、山口県にゆかりのある作家を紹介する短い番組。
「彼は私小説の極北と称されました」
アナウンスがそう言っていたことがやけに耳に残った。
その後、礒多の講談社文芸文庫を手に入れるものの、最初の2編で挫折してしまう。
読みにくい!
全くの別件(確かゆずのコンサート、その頃ファンだった)で東京に行ったとき、神保町に行き思い切って全集を購入。
こっからが本番だ! 読むぞぉ! 読む!
積む(放置)!
結局、読み始めたのは、2013年にニートになってからだった。
タイミングよくセミナーがあり、課題の小説以外の全ての作品を読む。
(父がニート息子に持ってきたチラシ)
染みる染みる。クソみたいな男の、ネガティブな想像力と無様な反省が染み入る!
そして全集は字が大きくて読みやすい!
あの頃、私は辞めたブラック企業のおかげで、精神的にかなり落ち込んでいた。
礒多の小説は、そんな自分の為に作品を書いてくれたのではないかと思うほどに、自分の精神状態にぴったりだった。
礒多は駆け落ちしたことが大きく捉えられがちだが、その前の在郷時代の苦しみもまた計り知れない。高校中退で野良仕事もろくにできず、全く自分に自信が持てない男が、よくコネもない状態から、文学者として名を残せたと思う。
その後、私はもっと沢山の人に読まれるべきだと思い、文学フリマでの礒多本の頒布を決意する。しかし、同人誌を作るのにもお金がかかる。礒多のように親の脛を齧り尽くすのに抵抗があった私は、また働くことを決意する。
結果、働く方に大きく己の力を注いでしまい大失速。バランスを欠いたサークル活動になっている。
確実に言えるのは、礒多の小説がなければ私は自立できず、未だにニートだったろうということだ。
嘉村礒多の小説には、ニートだった自分に顕彰活動をさせるだけの力はある。
そういう力のあるネガティブな作品が、あなたにも何かしらのポジティブをもたらすのではないかと、淡い期待を抱いている。
そうして現在の「文学」が少し進むと信じている。という洗脳に日々勤しんでいるのだ。
自覚的に自分を洗脳でもしないとやってらんねえよ。
ノマドぶりたい2017年春。都内某所にて。