短編小説「おかきをチョコで包んだもの」

長いこと、関係がうやむやになっていた彼女から突然電話があり、荷物を取りに来るという。
確かにいつまでも彼女のものが自分の部屋にあるのは鬱陶しいと感じていたが、捨てるに捨てられず、捨ててもいいかをわざわざ尋ねるもなんか面倒で、結局そのままにしていた。

細々したものがおそらくあちこちに点在しており、どこに何があり、彼女は何を取りに来るのかはわからなかった。
そもそも、スマホで電話という機能を使用したのが久しぶりで、アニラジばかり聞いていたから、電話がかかったときものすごく慌てた。
こういう、離婚後の夫婦みたいなやり取りを自分がすることになるとは思ってもみなかった。
土曜日は仕事で、その後直接飲みに行く予定なんよねと伝えると、勝手に取って帰るから鍵をいつもの場所に隠しておくように言われた。


土曜日の深夜、会社の人たちとの飲みからグロッキーな状態で帰って来ると、自分の部屋がスッキリしたように見えた。けど、街で一軒だけ建物が解体されたときみたいに、そこに彼女の何が置かれていたのか、すぐには思い出せなかった。

ざっくり目に見える範囲ではクマのプーさんのぬいぐるみとサボテンと歯ブラシとピンクのコップくらいだった。実はへそくりでも隠していて、無事持って帰ることに成功したのかもしれない。机の上にどこかのお土産らしいおかきが置いてあった。そういえば、ツイッターに金沢に行ったとか書いてあった気がする。

つーか、フォロー外そう。

おかきはなぜか富山のもので、思わず
「金沢じゃないんかい」
とこぼしてしまった。

部屋から彼女の物がなくなり、彼女から貰った最後の物はこのおかきで、これを食べ終わったらもう彼女のことは忘れてしまうだろうか。
物がなくなっても、一緒に居たときに自然に真似てしまっていた癖とかで思い出すだろうか。
例えば私は、手を洗った後にブンブンと振って水を払ってからタオルやハンカチで拭いていたが、彼女と過ごすうちに指先をパッパと弾いて払うようになっていたことに離れてかなり経ってから気づいた。
まだ他にも染み付いて、真似ていると意識していない癖があり、それを発見するたびに想起することがあるかもしれない。願わくばそれが、精神的に健全なタイミングであってほしい。

お腹がこれといって空いていたわけでもないが、おかきを食べることにした。
チョコに包まれたおかきで、サクッとした食感とおかきの醤油っぽい味、遅れてチョコの甘みとおまけにビターな感じ。

高級な柿の種をチョコで包んだやつみたいで、思っていたよりずっと複雑な味で美味しいかった。

口の中がパサパサになった。今日は会社の人と随分お酒も飲んだから余計に喉が乾く。けれど、なんだか全部食べ終わるまで飲み物は飲みたくない気持ちになって、次々に小分けされている袋を開けて食べた。
咳き込んで、むせて、少しだけ泣いた。

日本の味とチョコの味。

乾いて甘くて苦みもあって。