2017年を振り返って
今年も残すところ数時間なので、振り返ってみることにする。
まず、2月にNHK山口放送局「山口 ことばの物語」に嘉村礒多の紹介で出演したこと。ただ、あまりうまくいかなかったと反省している。
文学は複雑なわかりにくいものや、人の業とか、醜いものでもぶち撒けてよいものだと私は認識しているが、テレビでそこをがっつり紹介する訳にはいかない。
細かいルールもあって、例えば、私の部屋を撮影する際、本の背表紙はいいけど表紙はダメとか、私が文学フリマで頒布している選集の紹介は広告になっちゃうからムリとか「そんな決まりあるんかぁ」という感じだった。
短時間でわかりやすく視聴者に嘉村礒多を伝えることは、相当難しいことだなぁと実感した。なんせ、礒多作品はとても屈折している。魅力を伝えたとしても、作品が本屋で手に入らない。あ、でも徳山の古本屋に置いてあった嘉村礒多全集が売れていたのでそこはちょい嬉しかった。
文学フリマには京都、金沢、東京、福岡に参加した。それぞれの場所でそれなりに収穫はあったが、反省すべきはまともに本を作成できなかったことだろう。
これは、働き始めるときから覚悟していたことでもある。
「書けなくなるじゃろうなぁ」と。
その代わりといっては何だが、詩集を一冊だけ作れた。
詩については多少は勉強できた。
月一回山陽小野田中央図書館に通い、詩について学んだ、というか雑談した。
ここでも歌っておる。
来月もある。
『詩(ポエム)カフェ』開催のお知らせ - 山陽小野田市立図書館
ギターは高校生のころから始めて、途切れつつも長く趣味として続いている。ストレス発散で一人カラオケに行く代わりに、自分で作った親戚の子ども達への曲とかを弾いて歌った。
私の曲は弟の友達とか、親戚の子供には概ね好評である。それくらいで十分だと思う。
「趣味はギターです」と言っても作詞作曲を連想する人は少ないように、「趣味は文学です」と言ってまさか書く方は連想しないだろう。
「趣味は詩です」は引かれる? かもしれん。というか、詩はあまりオープンにしない気がする。「詩を書いている」なんて「黒歴史を現在進行形で生成している」に等しい。自分の場合はその自覚があるし、いかに黒歴史を生成するかがテーマでもある。
「趣味は俳句です」「趣味は短歌です」だと詠むことも含まれる感じがするのは不思議だ。今年は木下龍也にの短歌に出会えたのも大きかった。山口県出身で一つだけ地元のことを詠んだ短歌があった。田布施駅の短歌。
地元出身で、短歌でこうして本を出し、上京してイベントをしたりしている人がいるというのは励みになる。
萌えサミットについては2回もあって盛りだくさんだったが、来年は3回やるそうで。
もともとは、山口で文学フリマをやるために参考にしようと思って萌えサミのスタッフになったのだが、結果として文学フリマin山口をやることは諦めた。田舎に人を集めることはとても大変だということがぶち(よく)わかったからである。
というか、サークル参加者としてすらまともに活動できていないし、そもそも山口で文学フリマやろうぜ!という知り合いが居ないのが致命的であった。
あと、なんにせよ本が読めていない。
もう病気なんじゃないかと思うくらい本を買っては放置しているのである。
でも、それも解決の糸口が見えてきたのでなんとかなりそうである。
クリスマスあたりから薄々気が付いてたんじゃけど、わし生き方まちがえちょったわ。でもまあ気づけたからよしとしよう。
— ヴィリジアン@文フリ京都[いー26] (@Naka24Viridian) 2017年12月27日
その結果は来年の私の活動からよみとって貰いたい。言うは易しじゃけぇね。
来年もよろしゅう。
嘉村礒多120年祭
12月3日。
嘉村礒多120年祭でした。
私が仁保地域交流センターに行ったときにはすでに椅子が並べられており、「こんなに来ますかね?」という不安がありましたが、結果的には沢山の人に来て頂けてびっくりしました。ありがとうございました。
お茶の会の方々が無料で振る舞われた、抹茶と和菓子がぶち美味しいかったのいね。皆さまぶち着物が似合ってました。後から高額を請求されたりしませんかね?
当日は嘉村礒多の生い立ちを紹介したのち、謡曲や朗読、詩吟やギター、ハーモニカ演奏などなど。嘉村礒多と故郷である仁保をテーマにイベントは進行しました。
礒多の殺伐とした作品も朗読だとスッと入っていけるのが不思議ですいね。
私はギター演奏をしました。帰郷庵のホームページに写真が載っております。
ちゅうか、なんでギター弾いちょるん?と言う話ですが「礒多を読む会」メンバーには、私が詩を書くことを伝えており
「曲の歌詞は書いたことあるけど詩はまだよくわからないんですよね」
と私の詩集『水にしたたる』をお渡した過去がありまして、
「じゃあ歌は歌えるんですね」
という流れになって、歌うことになりました。
私の礒多への想いを込めた『知ったこっちゃない』。
代表作『業苦』がドラマ化したらエンディングにして欲しいバラード『息』。
安倍能成へ宛てた手紙をぎゅっと濃縮した『書簡』という3曲を演奏しました。シンガーソングライターでした。アーティストしました。わしゃぁクリエイターじゃけぇのぅ。
2曲まではわりとすらっとできたのですが、『書簡』は中々できず、ギリギリまであれこれ悩みました。締め切りって大切じゃね。無かったら完成してないけぇね。『書簡』は多田先生に1番良いと褒められました。あざーす!
(↑多田先生の新刊)
イベントも私の曲もおおむね好評でホッとしております。歌詞を書いた紙を配っておいて正解でした。中々、1回聴いただけで内容を把握して貰うのは難しいけぇね。
礒多、聴いてくれたかね?
嘉村礒多のことを知って貰う方法のひとつとして、歌もありなのか?などと思ってしまいました。
生まれて120年か。長いな。でも小説とか手紙とか残ってるんだもんな。すごいことだよなぁ。曲作ってくれる人とかおるしな(笑)
来年1月27日土曜日13時30分から仁保地域交流センターにて「礒多を読む会」が開かれます。月1回ペースで今後もやって行きます。
今回のような派手なイベントは次にいつできるかはわかりませんが、それまで地道にコツコツと活動を続けていくつもりです。
問題は参加者の高齢化に伴う会存続の危機ですね。
文学フリマへの参加も低空飛行で継続できればなぁと考えています。
まず来年の京都をどのようにするか、まだ決めてないのに懇親会に行くことだけは決めました(オイ)。
なんとかして新刊持って行きたい。いや、持って行きます。詩集か、短編集か。礒多の曲のCD?……はさすがにねぇな(笑)
サンタおるじゃろ!
”その昔サンタなんて居ないと聞いた時
「なんでそんな回りくどい嘘を続けてるんだろう?」って
今んなって時間たって少しわかるよ
きっとみんな信じてんだ本当はいつか来んのを”
(鷲崎健「I Love You」のある世界)
もうすでに遠い記憶。
11月26日萌えサミット7でした。
私はメインステージの司会を担当しました。
声優のトークイベントの司会をしたなんて今思い返してみても、あり得ない。
坂上秋成の『獣を見たらすぐに撃て』が頭にあって。
ナチュラルに崇めてしまっている声優という存在の大きさについて考えたりしつつ。ぶち凄い競争をくぐり抜けてるんじゃねぇ。と関心したりしつつ。
↓当日の感想をあれこれ述べております。 (萌えサミ放送局 第30回)
やはり、ステージ上では圧倒された。
前日、眠る前に「明日一日だけ鷲崎健にならねぇかな」と願った。(※鷲崎健は声優イベントを必ず盛り上げる事ができる司会者)ならなかった。
同じステージに立って、司会をして、不思議な感覚を掴めた。その感覚はおそらく詩になるだろう。
私がまだ小さかった頃、母に
「お母さん声優になりたかったんよ」
と言われたことをよく覚えている。
「は? 西友? ザモール周南?」
とボケではなく本当に知らなかった。
まさか人がアニメに声を当てているなんて!
夢から覚めた絶望をよく覚えている。
ドラえもんはドラえもんだろ! だましたな! サンタクロースはおるじゃろ!
時は流れまくり、今や声優が表にでることは当たり前になった。そして、私なんかが声優イベントで司会をやる機会に恵まれるまで一般化している現状は感慨深いものがある。
この貴重な経験は次回作
『けものを見たらすぐに萌え』
にて活かされる事だろう(書かねぇよ!)。
2017年 文フリ福岡 詩ぬなよ
文学フリマ福岡でした。
もう2週間前ですか。私は風邪をひいて乗り越えるのに必死でした。
健康大事。
詩集まにあいませんでした。
期待されてた方(居ないと思うけど)すいませんでした。
詩ともかく詩集は私にとってものすごく難しく、書くときはもうポロっと専用のノートに鉛筆で書いて放置しておくのですが、編集作業がもうこれがキリがなくてなんだかよくわからなくなってしまいました。
数だけは沢山あって、いくつか気にいってるやつもあるのですが、自分が納得いく詩になっていないと判断しました。
書き手としての我が儘な自分に対し、編集する自分が「こりぁだめじゃぁ」となりました。厳しい編集者でした。
今回は会場が前回までと違い、地下鉄から直接行ける好立地でした。ありがたい。
新幹線降りてからの人の多さに若干疲弊。
久しぶりの地下鉄に疲弊。
開始直後から人が多くてびっくりしました。
確かに、自分が一般参加者だったら完売してるわけない11時に行って、気になるところを巡って、見本誌コーナーみて、また巡り、同じビルのご飯屋さんのどこかで昼食をとり、戦利品を読みつつコーヒーを飲んで、読み終わったらもう感想を言いに行く、という流れですかね。
理想の休日の過ごし方じゃねーか。
離れ部屋問題が解決できたのは本当によかった。しかし、ブースを確保しながら不参加のサークルが多いように感じたのは単に自分の知ってるサークルが来てなかっただけ? だと思いたい。
一応既刊を持っていくのと企画はやりました。
清き一票を投票して下さった皆さんに感謝です。当選したら、まず、行政をゆがめたり、不倫したり、浮気したり、失言したり、反省したり、無所属になったり、不正に得たお金で同人誌をアホほどゲットしようと思います。マニフェスト(嘘)です!
ずっと隣のサークル「雉子の巣」のぶるーさんと話しておりました。お世話になりました。夏目漱石の弟子・小宮豊隆のことを漫画にした本を制作されておられます。昨年もブースが隣でした。
私の文学的守護神・嘉村礒多が小宮さんにお世話になってまして。安倍能成を経由して小説のアドバイスを貰ったそうです。それがどんな内容だったか知りたいですな。
ぶるーさん曰く「辛口批評だったのでは?」とのことでした。
めっちゃありうる。
今回ゲットした本は少なめです。
その後、タワレコをふらつき、懇親会へ。
何にせよパスタの器がおしゃれでした。
いろいろと話したけれど大雑把には。
働きつつ、もしくは学生しつつ文芸同人活動をやるには、ものすごく健康でないといけないが、健康だと文学的なドロッとしたものは描けなくなる。逆にニートだと、びっくりするほど不満が無くなるという二律背反と戦わねばならないこと。
まあ、それでも毎日コツコツやるしかなく、一日だけ奇跡的に文章が巧くなるわけでもなければ、文フリの日だけ自分の本の良さを説明するのが巧くなることもない。というくそつまらない当たり前があきらかになってしまいました。
あと、職場で詩を思いついてメモした紙を落とすとわりと死ぬよね。詩ぬ。
懇親会でも投票してもらいました。何を書くか悩む人も居れば、即決の人もいました。
懇親会は各テーブル盛り上がってましたね。
スタッフの皆さん本当にお疲れ様でした。
あとついでに告知なのですが、12月3日(日)に嘉村礒多生誕120年を記念するイベントをやることになりました。場所は礒多の故郷、仁保です。仁保地域交流センターという道の駅に隣接した公民館のような場所で開催します。
礒多の生誕に関するエピソードの紹介や、朗読や、私が礒多をテーマにした曲を披露したりします(?)
まあ、つまり、曲をですね。久しぶりにアコギを持ってあれこれやったりしております。
相変わらず泣くほどギター下手だな。
詩集まに合わねぇよそれは。無理があるよ。
よろしくお願いします。
「ユポ紙に好きな言葉を書こう(仮)」
10月8日(日)の福岡の文学フリマに参加します。
ブースは【う−40】です。
ヴィリジアン・ヴィガン@第三回文学フリマ福岡/う-40 https://t.co/DwM7ndpUJ7 #bunfree #文フリ福岡
— ヴィリジアン@文フリ福岡【う−40】 (@Naka24Viridian) 2017年9月28日
いつもの嘉村礒多選集と、新しい詩の本を作って持って行く予定です(間に合いますように)。
前回作った詩集『水にしたたる』は知り合いに献本したり有難いことに買って頂いたりしてたら、いつの間にかなくなっていました。
なので『水にしたたる』は今のところ持って行くつもりはありません。
今日急に文学フリマ福岡でやる企画を思いつきました。
なんかもう色々とウンザリしたので勢いでやります。
題して「ユポ紙に好きな言葉を書こう(仮)」!
えーと、選挙やるみたいですね。
選挙といえば投票。投票といえば投票用紙。ユポ紙です。
あの描きやすいサラサラした丈夫な紙に鉛筆で、書くのが妥協と諦めの結果というのもなんだかつまらないので、君の好きな言葉を書いてよ! という企画です。
文フリ当日、名刺サイズくらいに切ったユポ紙と鉛筆と投票箱(とにかくなんか箱)を持って行きますので、座右の銘でもなんでも自由に記入して投票して下さい。
それらの言葉を持ち帰りまして、私は何かしらの作品を作ります。
小説か、詩か、まだ謎ですが、とにかくなんか作ります(まだ決めてない)。
投票というよりなんか、お題募集みたいな感じですし、どうなるやらやってみないとわかりませんが、なんだかとても腹が立っているのでやってみます。
今は、ほんと思いつきでバーっと書いてるので、後で冷静になって「あ、これ無理だわ」となるかもしれませんがとりあえずそんな感じです。
よろしくお願いします。
無料配布とかマジかよ『Wanna be?』
ラウシズムの新刊はまさかの無料配布だった。よって、たまたま手にしてしまったラッキーな人も、なんなのかよくわからない人も居たことだろう。
『Vertigo』
「聴く」ことがテーマの一編。ラウシズム日谷が目指す「川口文学」の一端を垣間見ることが出来る。
主人公の近衛は、性別すら判然としない。そして「大迫」という人物の死がまるで曲のサビのように何度も繰り返される。
近衛本人には、とくに何も起こらない。ただ、近衛が生きる過程で、誰かに起きた出来事を「聴く」のである。近衛には周囲のさまざまな出来事が蓄積してゆく。『Retold』(Brilliant Failure収録)では、物語を想像し、会話から膨らませてゆくことがテーマだったが、この作品は近衛が出来事(物語)を受け取り、眺めるだけで受動的だ。特に目的もなく日常を過ごしているように見える。
しかし、周囲に全く無関心というわけでもない。近衛の周辺では事件性の高いことから、なんてこと無い過去まで、さまざまな物語で溢れてゆく。
アルバイトの同僚・佐藤の子供が行方不明になったり。小学校時代の同級生が金を借りにきたり。秋葉原では高校生が爆破事件を起こしたりといった、いかにもありそうな日常と事件がひたすら並べられてゆく。
この作品で重要なのは、「書かれていないこと」である。近衛については殆ど書かれない。なんで今の職場で働いているのか、どういう経緯で川口市に住むことになったのか謎のままである。
逆に川口市については、ウィキペディアの情報が引用されこれでもかと言うほどに畳みかける。しかし、川口市について何も語ってはいないように感じてしまう。ただ単に情報を並べただけでは場所に愛着がもてないことを証明しようとするみたいに。
近衛について触れないことで、読み手には想像する余地が与えられることになるが、そういう気にさえさせないほど、つまり物語を創造させないほど情報が少ない。
情報や物語の量のコントロールは、小説として歪(いびつ)で不完全だが、失敗したのではなくあくまで意図的に行っているのだろう。
断片的な情報や物語を受け取った後の読み手の想像力が試されるのを感じるが、私はおちょくられている気がしてやや不快である。しかし、こういった不快にさせる小説があってもいいとは思う。この小説に私が不満だ、ということは、私自信ははもうちょい情報量が多い作品を書きたいのだろう。
このテイストで何作か書き続けていけば、ものすごい小説が生まれると信じている。私の個人的な好みなど気にせずにこのまま走り続けてほしい。
『Sympathy』
悪魔のスタヴローギンと天使のラズミーヒンの掛け合いが微笑ましい短編。
時間軸として、前作のあとである。
炬燵は正義。
異論はない。
『Scarecrow』
夢から覚めない夢が描かれる掌編。覚めても覚めても夢というのは確かに怖くはある。しかし、私が今こうしている現状が夢ではないと誰が言い切れるであろうか? 的なことを考えたことがある人ばかりが文学フリマにはいる。
短いから試し読みにはうってつけの作品。
冒頭にも書いたように無料配布だったのだが、収録作品の取っつきにくさから狂気の沙汰である。無料であったところで読んでくれる人がいて、なおかつ感想を書いてくれる人がいるであろうか?
一体何をやりたいどんな小説なのか、知られぬままに放置されやしないかという不安に駆られて遅れはしたがざっくりと感想を書いた(下書きを書いてUP忘れていた)。
無料配布でゲットした幸運な人はぜひ手に取りページをめくって欲しい。
よくよく見たら、表紙の写真が逆さまだけどなんか意味あるのかな?
「彼は私小説の極北と称されました」
初めて嘉村礒多のことを知ったのは、なんてことないローカル番組だった。
確か10年くらい前、山口県にゆかりのある作家を紹介する短い番組。
「彼は私小説の極北と称されました」
アナウンスがそう言っていたことがやけに耳に残った。
その後、礒多の講談社文芸文庫を手に入れるものの、最初の2編で挫折してしまう。
読みにくい!
全くの別件(確かゆずのコンサート、その頃ファンだった)で東京に行ったとき、神保町に行き思い切って全集を購入。
こっからが本番だ! 読むぞぉ! 読む!
積む(放置)!
結局、読み始めたのは、2013年にニートになってからだった。
タイミングよくセミナーがあり、課題の小説以外の全ての作品を読む。
(父がニート息子に持ってきたチラシ)
染みる染みる。クソみたいな男の、ネガティブな想像力と無様な反省が染み入る!
そして全集は字が大きくて読みやすい!
あの頃、私は辞めたブラック企業のおかげで、精神的にかなり落ち込んでいた。
礒多の小説は、そんな自分の為に作品を書いてくれたのではないかと思うほどに、自分の精神状態にぴったりだった。
礒多は駆け落ちしたことが大きく捉えられがちだが、その前の在郷時代の苦しみもまた計り知れない。高校中退で野良仕事もろくにできず、全く自分に自信が持てない男が、よくコネもない状態から、文学者として名を残せたと思う。
その後、私はもっと沢山の人に読まれるべきだと思い、文学フリマでの礒多本の頒布を決意する。しかし、同人誌を作るのにもお金がかかる。礒多のように親の脛を齧り尽くすのに抵抗があった私は、また働くことを決意する。
結果、働く方に大きく己の力を注いでしまい大失速。バランスを欠いたサークル活動になっている。
確実に言えるのは、礒多の小説がなければ私は自立できず、未だにニートだったろうということだ。
嘉村礒多の小説には、ニートだった自分に顕彰活動をさせるだけの力はある。
そういう力のあるネガティブな作品が、あなたにも何かしらのポジティブをもたらすのではないかと、淡い期待を抱いている。
そうして現在の「文学」が少し進むと信じている。という洗脳に日々勤しんでいるのだ。
自覚的に自分を洗脳でもしないとやってらんねえよ。
ノマドぶりたい2017年春。都内某所にて。